Viaggi

VenetoDicembre 2004

病を乗り越えて帰ってきましたヴェネツィア!!
病を乗り越えて帰ってきましたヴェネツィア!!

夜も明けきらぬうちから宿の前の広場で何やら物音が。窓から見下ろすと、数台のドデカいトラックが広場に乗り入れられ、そこで商人たちが荷物を降ろしている。青空メルカート(市場)だ。こんな早くから準備だなんて、やはり働き者だなイタリア人。絶賛食あたり中のカーニボンも目を覚ましているよう。具合を尋ねると、本調子ではないものの昨日よりはマシなようだ。早朝の散歩にも出れるという。そうさのう、ここへ来てまだポンテ・ヴェッキオすらも見てないもんな。

高台から下を望むとポンテ・ヴェッキオが見える。ああ、写真とおんなじでございますねぇ、とようやっと感動を共有したところで路地を降り、冷たい風と格闘しながら実際に橋を渡ってみる。ワタクシどもちゃんとかの地へ来てますね、と再び感動を共有。

古い木製の橋から身を乗り出してブレンダ川を覗くと木の土台に激しく川の水が打ちつけられ、しかしどっしりとそこにたたずむポンテ・ヴェッキオ。名残り惜しいが、モロモロの心残りは次回へのモチベーションに換えてバッサーノを去ることとする。カーニボンの体調も駅でクロワッサンをほおばるまでに回復し、無事ヴェネツィアへの(自称)帰郷を果たせそう。鉄道で1時間ほどでヴェネツィア本島のひとつ手前、メストレへ到着!今回の行脚の最終地なり。

「本島の宿は高そうだし空室が心配」ってなワケで本拠地に指定されたメストレ、本島までは頻繁に出てる列車で10分弱と非常に便利。我々が選んだのは駅近No.2を誇る、中国人経営のお宿であった。両隣には中国雑貨店とチネーゼのリストランテ。なかなか商売人で「特別室をお値打ち価格で提供しよう」と集客に鼻息も荒い。カーニボンの調子もかなりな回復が見られたので、早々にチェックインしヴェネツィア本島に向かう。列車に揺られるとしばらくして向こうに色とりどりな建物を乗っけた島が見える。本島だ。ああ、あれがヴェネツィアなのだなぁ。

友人のハトと再会するカーニボン。名前はマルコらしい
友人のハトと再会するカーニボン。名前はマルコらしい

さっぶい時期とはいえさすが一流観光地、たくさんの人で満たされている。まずはスカルツァ橋を渡り、地図なしに奥へと進んでいこう。と言うのも観光案内所で地図を貰おうとしたら有料だったのだ!

「地図などいらん!この迷路を楽しむのだ!」高らかに宣言するワタクシであったが、5分で方角すら分からなくなりカーニボンに舵取り役を任命する。カーニボンの帽子の羽はGPS機能もついているらしい。暗く細い小路たちを器用にすり抜け、サンマルコ広場に出る。わあ、あの点の集合体はナンダ?ハトか!襲われる観光客を横目に、ハトのエサ売りは棒で上手く奴らを制御している。

再び迷路の中に突入〜!
ゴンドリエーレが「乗ってって~」と誘い、カメリエーレが「イカスミ〜」と日本語で話し掛ける。両脇に土産物屋が連なったリアルト橋を渡り、ウィンドウに飾られてるカルネヴァーレ用の衣装や仮面に気を取られつつも迷路を大満喫。これって本島に宿をとったとしても、無事帰り着けるもんかねぇ。

ビリーバンバンが聞こえてきそうな大分麦焼酎感
ビリーバンバンが聞こえてきそうな大分麦焼酎感

ちょいとここいらで休憩。バールで赤ヴィーノでもいただこうか。大事をとってお昼を抜かした(普段では考えられない)カーニボンも、暖を取ろうとヴィーノを注文。辺りは薄暗いがまだ午後3時を回ったところだ。こういう時って冬の旅はなんか損した気分ですなぁ。この迷路から一旦脱出し、メストレの宿で休憩してから再び夕食に来よう、というのが二人の一致した意見だった。そのくらい寒さが厳しかったのだ。

夜〜。
寒さが一層厳しくなり更に小雨も降ってきた中、傘も持たずに再び本島のサンタ・ルチア駅に降り立った我ら二人は、当てもなくトラットリア求め迷路に消えていく。事前にカーニボンの知り合いのイタリア人からお薦めされたトラットリアは「駅からリアルト橋の間」とザックリしすぎて意味わからん。観光客価格の店をスルーし、ようやっととある一軒に落ち着く。

カーニボンはあっさりしたものならと海鮮スパゲッティー、ワタクシは気がつくとカルボナーラを注文していた(今回中華とコレしか食っていない)。パーネをねだりに来る店の犬を生ぬるい目で見守り、閑散とした店内で夕食を済ます。ああ、明日はもうイタリアを離れるのかぁ。今回はホントに時の経過が早かったな。そしてちょっとツイてなかったな。

小雨の中、街灯の灯りと相まってなんとも寂しい迷路を抜け、下界と迷路とをつなぐ第一の架け橋のようなスカルツィ橋にたどり着く。ささ、下界に帰りましょうか、と雨で滑る橋を二人渡った。

小雨すらもちょいと絵になるヴェネツィアであった・・・
小雨すらもちょいと絵になるヴェネツィアであった・・・