VIAGGI

VenetoDicembre 2004

ぬ~~ん!

今日は更に北上し、イタリア版焼酎「グラッパ」で有名なバッサーノ・デル・グラッパへ。と、その前に朝7時開店の屋内型のウーゴバッシ市場へ潜入。

肉、酒、フォルマッジョ、青果物など品揃えはごく一般的。その中の日用品店にて、先日カーニボンの怪力によって壊された缶切りを弁償してもらう。家臣は家臣で、トリノ以来の再会を果たしたFIATチョコをお買い求め、ご満悦で駅へ向かう。

一見平和そうな鉄道駅にこのあと何かが起こる
一見平和そうな鉄道駅にこのあと何かが起こる

バールで朝食の後、ホームで列車を待っていると突然駅のアナウンスと共に人々の落胆の声。そしてゾロゾロとホームを離れる人の波。またホームでも変わったか。しかし民衆の眉間のシワがいつもより深いのを見て民の一人に確認すると、「列車がなくなった」のだそうで、「1時間後に来るヤツに乗るしかない」とな。

本日は長距離移動の予定であったが変更し一気に行かず、1時間後の列車で手前のパドヴァを目指そう。宿確保のために早く街に入ってしまわねば。

さてさて一時間後、さすが運行が抜けただけあって車内は満員御礼。今度は無事目的地へ着けそう。

パドヴァはボローニャより小さい地方都市。案内所でもらったホテルマップはなかなかの優れモノで、おおよその料金まで書いててくれている。これをもとに「ココは閉まってる」「こっちは廃業」と、歩きぬいてようやく見つけた一軒は駅から徒歩25分ほど、探索開始から1時間半は過ぎた遅い昼下がりだった。今回は宿探しがどうもついておりませんなぁ。

「なぜいつも写真が中途半端なのでしょう(疑)」「ささ、お宿へ急ぎましょうミヅーラさま(楽)」
「なぜいつも写真が中途半端なのでしょう(疑)」
「ささ、お宿へ急ぎましょうミヅーラさま(楽)」

さあさ、チェックインを済ませ遅めの昼をば。ノドも乾いたってなワケで、外観の割にお手ごろなトラットリアにてまずはビッラで乾杯~!

ワタクシはカルボナーラ(またか!)、カーニボンは「本日のオススメ」をそれぞれ注文。せっかくだから名物を食すべしと崇高な精神で臨んだ、リコッタチーズとモッツァレラが満載されたスペチャリタ。カーニボンはとうとう地雷を踏んでしまったのだ。。。

(・・地雷爆発まであと数時間・・)

一見するとフツーのカルツォーネであったが・・・
一見するとフツーのカルツォーネであったが・・・

さて、腹も膨れたし街を散策しましょう。パドヴァもボローニャ同様、チェントロは駅から20分ほど離れている。エルベ広場では先ほどまで開かれていた市場も撤収の準備。

と、そこへ「ドットォ~レェ~!」の歌声(もはや叫び声)が。学生の集団が楽しそうに一人の学生を囲み、事もあろうかパイを顔にベチャ!!つけられた当人もウレしそう。

これは集団イジメではなく、大学を卒業したDottore(学士)さんを皆で祝福してるのだそうな。この手の集団は街のあちこちで見られ、いずれもドットーレさまはヘンな衣装に身を包みパイまみれになっている。さすがパドヴァ、「グラン・ドットーレ(偉大なる学士)」と呼ばれる街ならではの光景。

大分麦焼酎並みな冬の叙情性
大分麦焼酎並みな冬の叙情性
冬の欧州のもの悲しさが好きすぎる
冬の欧州のもの悲しさが好きすぎる

さて夕方。今日の夕食はどうしましょうと持ちかけるワタクシにいつもと違う様子のカーニボン。
「お腹いっぱいですぅ・・・」

いやあ、耳を疑いましたなぁ。どんな病気でもメシは欠かさない家臣がギブアップ宣言とは。まぁ何か買いに行きましょうと連れ出し、そのままチネーゼ(中華)ならイケるでしょうと入った一軒のリストランテ。青島ビッラでも飲めばスッキリすることでしょうと、ビーフン、野菜炒め、チャーハンなどをどさくさに紛れご注文。珍しく箸の進まないカーニボンだったが、ビッラが解決してくれるだろうとその時は疑いもしなかった。

・・・ここからはワタクシの記述だけではリアリティーに欠けるので、カーニボンと平行してお伝えしましょう。お食事中の方はご遠慮下さい。題して、「腹くだしとオエツのあいだ」

腹くだしとオエツのあいだ ~BLU~(カーニボンバージョン)を読んでみる

2:00 pm , trattoria

宿もようやく決まり、落ち着きを取り戻したワタクシたちは遅めの昼食に向かうことにする。私は「リコッタなになに」と書かれた得体のしれない名物(?)を注文。それはとにかくチーズがいっぱい入ったカルツォーネであった。とてもボリュームがあったがもちろん完食である。
後にそれが地雷となることも知らずに。。。

8:00 pm , cinese

今思えばこの時から異変は始まっていた。夕食時になっても食欲がないのである。食いしんボンのワタクシにはありえないことだ。
しかし、家臣としてはお供しないわけにいかず、膨れ上がった胃袋に中華を流しこむ。料理が目の前に並ぶと食欲が胃袋の都合より勝ってしまうのは食いしんボンの悲しい性である。(旅先での醤油味はンマい)

1:00 am , albergo1

何か遠くで地鳴りのようなものが聞こえ目がさめる。
気のせいかと思い再び眠りにつこうとした瞬間、強烈な胃痛に襲われる。スピスピ眠るミヅーラさまの横でなすすべもなくのたうちまわる。そう、地雷が爆発したのだ。さっきの地鳴りはこの音だったのだ。

今まで経験したことのない激しい痛み、赤い鬼が雑巾を絞るかのように胃袋を締め上げているような感じだ。何とかトイレまでたどり着き、腰を下ろした瞬間、穴という穴からあらゆるものが噴出した(細かい描写は自粛)。

どれくらい時間が経っただろう。噴出もひと段落し胃痛も治まった。高い便座のせいで足がだるい。
一仕事やり遂げた満足感を抱きベットで再び眠りに着く。だが約30分後、再び地雷爆発。トイレに舞い戻り、再び噴出が始まる。噴出が終わると一旦は治まるが数分後に赤い鬼が胃袋を絞りにやってくる。
便座の上に座り込み「いつまで続くのやら・・・」と不安につつまれ夜明けを迎える。

8:00 am , albergo2

いったい何度トイレに行ったのやら。もう出る物も出尽くしたようで少し症状が落ち着く。しかし、柱の影で子鬼が私の胃袋を狙っている。
ミヅーラさまが調達してきた梨をついばみながら今後のことを考える。ためしに少し歩いてみると、すかさず子鬼が胃袋をつかみにやってくる。そして私は何十回と通ったトイレへ再び消えていく。
窓の外の景色を見ながら「ワタクシはここから出ることができるのか」と不吉な考えが頭をよぎる。

11:00 am , partenza

外は私の心に反してとても晴々している。
横でミヅーラさまも(一応)心配そうに見つめている。私は今、決断の時を迫られている。このまま残るのかどうかを・・・私は弱った声で出発することをミヅーラさまに告げる。
移動に体が耐えれるかどうか不安であったが、旅はまだ続くのである。宿のマダムに礼と別れを告げ、肌寒い外へ踏み出す。次の町を目指して・・・

腹くだしとオエツのあいだ ~ROSSO~(ミヅーラバージョン)を読んでみる

1:00 am , albergo1

ドッカーン!!!擬音語でたとえるとこんな感じか。
それは夜中いきなりやってきた(らしい)。トイレでカーニボンが叫んでる。というよりエロエロいってる。出してしまえばケロっとしてるカーニボンのこと、大丈夫でしょうと再度眠りに落ちたが、寝床とトイレの往復が度重なるにつれ、ただ事ではないと気づく。
結局夜通しそんな状態、持ってきた胃薬も功を奏さないよう。ワタクシはというと、カーニボンの「エロエロ~」を子守唄にいつしか再び眠りに落ちてしまった。

8:00 am , mattina

冬の北イタリアは朝7時を回ってもまだ真っ暗。徐々に陽が昇り始めた頃だから、8時を回っていたか。
窓辺には寝酒にと楽しみに冷やしていた缶ビッラが手付かずのまま置かれている。目の下にクマを作り、夜中尋常じゃない胃の痛みがあった事をもらすカーニボン。
今もって食事はおろか、動くこともままならない様子。カサカサに乾き切れた唇から出るのはため息のみだ。今日は出発どころじゃなさそう。

9 :00 am , albergo-stazione-farmacia

まだ朝早いので、念のためバスの運行状況を確かめに駅へ、その帰りに薬や胃に入れるものを買おう。

「待っていなさいカーニボン」と、目抜き通りコルソ・ガリバルディを爆走。通勤・通学途中の地元民がチラチラ見てたから、きっと走ってる足はマンガみたいにグルグルしていたのだろう。
駅からの帰り道、ボローニャにもあったチェーンスーパー「PAM」で梨と水を買い、薬屋へなだれ込む。おっちゃんが奥から出してきた錠剤を握り締め再びチェントロの路地を激走する。

9:30 am , albergo2

宿の古い螺旋階段を4階まで数段飛ばししてるともうヘロヘロ。
「カーニボン!」その問いかけにカーニボンは息も絶え絶え「みどぅーらたま・・・」とこっちを見やる。おお無事で~!10年後フィレンツェのドゥオーモで逢おう~!などと約束したかどうかは忘れたが、家臣へのいたわりを一時的に心に決めたミヅーラさまであった。