VIAGGI

VenetoDicembre 2004

ぬ~~ん!

昨晩からミヅーラさまの体に異変が見られた。食ったモノが胃の中で解放を呼びかけているようで、このデモを収束させるには相手の要求を飲むしかないとトイレで便器を抱え込む。数時間後、悪寒・だるさを感じて朝を迎えることになる。昨日冷えたせいで風邪をひいたようだ。

すはっ!今度はミヅーラさまがデトックス創業祭に!
すはっ!今度はミヅーラさまがデトックス創業祭に!

とは言え、本日はイタリアを離れ英国へ渡る日。カゼだろうが痔だろうが夕方には飛行機に乗らねばならないのだ。すっかり回復したカーニボンが数日前のワタクシのように、何か胃に入れる果物で不思議ほど日本っぽいミカンを調達してきた。旅の相方とは呼吸が合うもので、同時多発エロエロとならなかったのがせめてもの救いである。

予定では昼まで本島を散策、午後ロンドンへ飛び立つというおしながき。カーニボンと入れ替えに今度はワタクシがお荷物となってヨボヨボと後につづく。この絶不調に反して、本日はイヤミなまでの散策日和だ。ギブアップ宣言をしカーニボンを開放、一人で散策に行ってもらう。ここから先はダウンしてるワタクシに代わり、カーニボン日記をお届けしよう。

やあやあ、ゴンドラが見えますよぅ
やあやあ、ゴンドラが見えますよぅ

今日でヴェネチアも最後、短い里帰りであった。ミヅーラさまから単独行動のお許しをいただき、独りで町の散策へと向かう。

平日の朝だけあって、仕事に向かう人々で賑わっている。やはり、海に近い町というものは活気があってよいものだ。気温は低いが太陽が出ているのでさほど寒く感じない。しかし、私に残された時間はバスが出発するまでのわずかな間。私は足早にローマ広場を離れ、ヴェネチアの迷路へと歩を進めることにする。

なんのことはない路地
なんのことはない路地

人ごみの中に気の早い観光客たちの姿が見える。水上タクシーに乗り込んでいるのは日本人ツアー客のようだ。わいわい陽気に運河の中を滑り抜けていく。あいかわらずたくさんの船が行きかっている。野菜や果物を満載した船や、水上バスなど様々だ。「よくぶつからないものだなぁ」と、しばらく橋の上から運河を見つめる。

デッサン:カーニボ画伯
デッサン:カーニボ画伯

もう、いくつの橋を渡っただろうか。ローマ広場からはかなり離れてしまったようだ。ヴェネチア本島は狭い路地に建物が密集しているため、まったく見通しが利かない。なので、何か目印を決めて目的地を探すとういことは出来ない。後戻りできるようにとパン屑を落としながら歩いても、ハトたちが食べてしまうのでこれもだめ。まあ、私にはなんでも見つかる帽子に生えてる不思議な羽があるが。

なんとなくそれっぽい家
なんとなくそれっぽい家

仮面やお土産物屋が軒をつらねる中、カルネヴァーレの衣装を飾った店を見つける。「そうか、もうすぐカルネヴァーレの季節か」としばらく見つめる。残念ながら私の経済力では衣装を新調するのは無理なようだ。せめて仮面だけでも・・・ちょうど目の前でお客を乗せたゴンドラが桟橋を離れていった。「ラララァ~」との歌声もなく静かな船出だ。後にも先にもお客を乗せたゴンドラを見たのはこれだけだった。人気がないのかしら。

やはりわたくしのお小遣いでは・・・
やはりわたくしのお小遣いでは・・・

ヴェネチアの町を思い出と共に写真に収めていると、昼を告げる鐘の音が鳴り響く。あぁ、戻らなければいけない。今回は体調と天気にめぐまれず深く町を探索することができなかった。ぜひ今度は裏の裏まで歩き倒そうと心に誓い、ひとまずヴェネチアの町を後にすることとする。

さて、2時間後家臣がパニーノをもっさもっさしながらバスターミナルに戻ってきた。何でも親友のアントニオと再会してきたらしいが、ヴェネツィア出身というプロフィール自体怪しい。

ワタクシも胃に何か入れようと横のバールで卵サンドを購入。溜まった小銭をジャラッとカウンターに置くもカネは足りてるか?店員も確認しないのでそのままズラかるワタクシを空港行きバスは連れ去ってくれた。

ヴェネツィアのメイン空港とは別に、我々が向かうは極小のトレヴィーゾ空港。まさか閉店中のバールや免税店含め40坪ほどしかない出発ロビーとは想像もしなかっただけに「空港のバールで最後のピッツァをいただく所存ですぅ」と鼻息荒くイミグレーションを通過するカーニボンに幸あれ。今度は体調を万全にして挑むぞ!待ってておくれイタリア!